東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6424号 判決 1958年9月16日
原告 日本高周波鋼業株式会社
右代表者 三島宗治
右代理人弁護士 青木彬
被告 堀田茂雄
右代理人弁護士 佐藤操
主文
被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、昭和三十年四月一日より右明渡済に至るまで一ヵ月金千六百円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
被告が原告会社の従業員であつた昭和二十九年四月原告所有の別紙目録記載の建物に一ヵ月金八百円の使用料で入居し、同年七月十二日原告会社を退職したことは当事者間に争いない。
証人田畑要助(第一、二回)≪中略≫を総合すると本件建物は原告会社がその従業員の能率増進及び厚生の一助として従業員に限り使用させていたもので被告は原告会社八戸工場長から本社勤務に転任に際し入居の節に被告が退職したときは三十日以内に退去すること、又前記の社宅料を原告会社に納入し瓦斯水道電気料は別に被告が支払うことを約し右社宅料は営利の為でなく修繕費税金等の引当として徴収されていることが認められ以上を併せ考えると、本件建物は明らかに原告会社従業員に限りこれを利用し得べきものであることを認めることができる。かかる場合特別の意思表示のない限り右社宅の使用契約は賃貸借に類似する一種の契約でそこには従業員である身分の喪失を解除条件とする旨の合意が含まれているものと認めることができ、右合意は前記社宅契約の性質から考えて借家法の適用がなく有効であると考えられる。尤も前記三十日の立退期間は現在の住宅事情から考えて短きに失し、どれだけの期間を以て相当とするかは困難な問題であるが、原告会社と其所属労働組合との間における協約でも社宅明渡の猶予期間を六ヵ月と定めてあること(右の事実は証人田畑要助の証言により認められる)本件社宅契約と類似している国家公務員の国設宿舎に付いて「国家公務員のための国設宿舎に関する法律」第十九条に無料宿舎にあつては六十日有料宿舎にあつては六月を限度と定めており本件に於て原告が其猶予期間を六ヶ月と定めたのは以上の事例を考えて担当と認められる。被告は本件家屋に付ては原告間に被告の都合が付くまで之に居住することを認める旨の特約が存したる旨主張するけれども此点に関する被告本人尋問の結果は措信し難く其他之を認むるに足る証拠はない。又被告が昭和三十年一月分より本件建物敷地の賃料を被告において負担していたことは被告本人尋問の結果により認められるが、右は証人八重沢泰一の証言によれば右は既に明渡期限を経過したので原告会社の負担を軽減する旨で特に原告の要請によつたものでこれにより原被告間に新たに賃貸借契約を成立せしめる意思が存在したことは之を認められない。以上の次第で本件建物の使用契約は原被告間の雇傭契約の終了後六ヶ月を経過した原告主張の昭和三十年一月十二日を以て終了したものと云うべく之を明渡を求める請求は理由がある。
次に損害金の請求について判断するに原告は被告の右建物占有により原告がその建物の使用収益を妨げられ賃料相当の損害を受くるものであるところ真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二、第七号証の一、二を総合すると原告の請求にかかる金千六百円は本件建物の公定賃料相当額以下であることが認められるから被告は原告に対し被告が其占有権限を失つた後である昭和三十年四月一日以降明渡済に至る迄右金額の損害金を支払う義務がある。
よつてその余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は正当であるから全部これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 池野仁二)